16番ゲージも走らせないと!

 ~ROOM502 不定期日報

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09/11 寂莫たる想い…南部縦貫鉄道跡を訪ねて??(紀行文風ww)

※なが~~~いから時間のある時にでもどうぞ…^^;



今日は営業で青森市まで出かけた。
大変天気もよく、空も澄んで気持ちが良い。
いつもなら山間を貫く有料道路を往復するのだが、帰りは時間に余裕もあったので
高い有料道路を通ることもあるまいと、海沿いを行く国道を戻る事にした。

拙のカーナビのDISKは、買い換えの必然性もないので新車の時のままである。
野辺地を過ぎたあたりで、ナビ地図に廃止になって6年が過ぎた「南部縦貫鉄道」の『路線』が
寄り添ってきた。もちろん駅名と位置も表示されていた。

滅多にないし、見て廻ろうか…


「後平」…いまはバスの停留所の名前だが国道から左折するとそこに駅があったのだが…
P1020011.jpg
(後平-坪 間)
やはりなかった。あったのは、確かにここに鉄道が通っていたというレールの跡であった。
踏切から七戸方向を望むと…森が二つに分かれている。この間をごとごと揺れながら
かのレールバスは行き来したのであろう。

旧坪駅付近は跡形もなく、次の旧坪川駅すぐの坪川橋梁は、橋脚を残しガーダーは撤去してあった。
これは中野川も七戸川でも同じ光景だった。
旧道の上駅へ廻ってみる。共通して言えることだが待合室(駅舎?)もホームも無くなっているが
ここはそればかりか、軌道があった場所が宅地になってしまっている光景を目にした…。
P1020020.jpgP1020019.jpg
線路跡に生えている雑草が何故か枕木方向に並んで生えているように見えるのは
気のせいだったのだろうか。

次は天間林駅だ。ホーム周辺は中古車屋?が購入したのだろうか…車がひしめいている。
そもそもモーターリゼーションの津波によって休止・廃止を余儀なくされた縦貫鉄道…
廃止されても尚、車にその敷地を占拠されるとは…皮肉なものだなぁと感傷にひたる…。

ここは農協倉庫等が寄り添っている。かつてはここで穀物などの集出荷が
中間駅で唯一の?側線で行なわれていたのであろう。貨物の入れ替えは一度見てみたかった。
P1020022.jpgP1020024.jpg
写真手前に見える基礎跡が駅舎?(約1.5坪!)だったかどうかどうしても思い出せない。
しかしここは終端駅以外では唯一ホームが残されていた駅ではないだろうか。
他の駅のホームもあったかもしれないが、背の高い雑草に全て覆われていたのであろう…。

中野駅を経て営農大学校前駅あたりまでは国道4号線と並行する。
一日に数本しか走らなかったダイヤの中で、この短い区間でレールバスに出会えた時は
いいことがあるんじゃないかと思った記憶がある。
数年前まではまっすぐにのびる線路があったものなのだが…
P1020029.jpg
いまは国道(歩道部分)を拡幅したようで、低い築堤半分は国道で埋められてしまった。

営農大学校前駅から七戸までは国道から離れていく。
なぜに人里の無い方向へ(駅は無いが)走っていくのかわからなかったが、
どうやら地形に関連している気がしてきた。最近出来た国道バイパスを走って見てわかった。
旧国道は急な坂道が存在するし、七戸川は一番低い所を流れ、
七戸駅もその盆地の底になっている。
迂回する事で七戸界隈の谷を回避し勾配を緩やかにとったのかもしれない。
それでもかなりの勾配だったはずである。

線路は、七戸川橋梁から七戸駅まで大きく右にカーブを描き、その築堤も残存する。
P1020034.jpgP1020036.jpg
こちらもガーダーは外され橋脚のみが川の流れに晒されていた。
この廃橋梁の右奥にはわずかだが新幹線高架線が見える。
二年後の新幹線開業まで鉄道事業がもっていたとしたらまた違う活路があったのだろうか…。

七戸駅方向を望むとその築堤はたんぼのあぜ道の轍のようになっているが
ここは間違いなく縦貫鉄道が行き来した築堤なのである…。

プチ探訪は終点七戸駅を以って終わる。
毎年1~2回ほど七戸駅構内での撮影会(体験乗車もある)があるので
ホームも駅名票もここだけは在る。
P1020041.jpg
本屋は昔からのままの姿で存在している。
当時の城下町七戸の中では随分近代的な建物だったに違いない。
その歴史と重みを感じさせる。

撮影していると、本屋からお年を召した会社の方が出てらして
郵便受けから郵便をとりだしていた…



撮影会はファンや家族連れが訪れ、都度地元新聞も賑々しく紹介している。
しかし今回は、地味ながら地元の人々(特に野辺地の病院に通う老人や通学の子供たち)の足として
冬は八甲田山おろしの風雪に耐えながら、夏は湿気の無い気持ちのいい風を感じながら
小さな体を揺らしながら頑張っていた現役時代を思い返すいい機会になった。
その廃線跡を見ているだけで、彼らが走り回っている姿が容易に想像できた。

たまにはこうして心を洗うのもいいものだ。


最新の南部縦貫鉄道情報はこちら

てことで、拙筆ですけど紀行文風に書いてみましたm(__)m
十和田市からは十和田観光電鉄が出ていますが、地上設備等強化の義務化に対する
資金不足のため一時は廃線の危機にありました。
八戸⇔五戸を走っていた南部鉄道(非電化)は、1968年の十勝沖地震による
地蔵平トンネルの崩落他甚大な災害を復旧する資金が無く廃止となりましたが
とうてつは、沿線が掛かる市町(十和田市・六戸町・三沢市)からの支援もあり
しばらくは雄雄しい姿を見られることでしょう。本当に幸いだったと思います。

休日や日中平日は空気運んでますけど、朝夕は学生たちでいっぱいです(マナーは全国最低)。
しかし皮肉にも彼らに支えられてると言ってもよいでしょうね。
バスとは違う、その定時到達性(特に冬季)、一度に大量輸送できる点など
鉄道の優位性を認められての支援だったと記憶しています。

いつまでも走ってて欲しいなぁ。
時間あれば、スナップ程度で画角もなんも考えてない写真だけど(走ってる車から撮ったりw)
HPの方にでもまとめてみましょうかね。もちろん旧塗色の車輌を、です。
3401.jpg

コメント

レールバス

急に南部縦貫鉄道のミニジオラマが作りたくなって検索していたらここに辿りつきました。そして時間があったので読んでみました。
う~ん、もうあの停留所も橋もレールもなくなっているんですね・・・あの時乗っておいてよかったです。確かにその景色の中を私を乗せたレールバスが走っていたんですよね。貴重なひとときをありがとう。そしてその思い出をミニジオラマに再現してみようと思います。

  • 2009/05/19(火) 01:49:04 |
  • URL |
  • おとうと312(大泉車輌区) #2IyhJcp6
  • [ 編集]

めぐりめぐって拙のところへ、か^^

そぉいうさだめなのですよ、ふふふふふ^^
休止(結果的には延命ならず廃止)の声が出る前年夏に偶然に「乗っておこう」と乗りに行ったレールバスでしたね。
312のレールバス側と、併走する国道で車走らせながら502がお互いカメラ回して。面白かったですねえーe-454
もんのすごいローリングでゴロゴロ走るレールバス。乗り心地なんてひっどいものだけど人情があったね。
自分たちがもう走れなくなるなんて考えず、あの日も元気に走っていたんだよね。

坪の駅なり営農大学校前なり、いや、いっそのこと全線再現にむけてモジュール結合で「お願いします」よe-446

  • 2009/05/19(火) 08:37:24 |
  • URL |
  • あに502 #-
  • [ 編集]

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まとめ

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